緊急事態宣言下の緊急保護に関する要望書
厚生労働大臣 加 藤 勝 信 殿
東京都知事 小 池 百合子 殿
豊島区長 高 野 之 夫 殿
<担当部局>
厚生労働省社会・援護局保護課 御中
東京都福祉保健局生活福祉部保護課保護担当 御中
同指導担当 御中
豊島区保健福祉部生活福祉課 御中
要 望 書 ←PDF
2020(令和2)年5月3日
〒160―0004
東京都新宿区四谷3−2−2TRビル7階
マザーシップ司法書士法人内
ホームレス総合相談ネットワーク
連絡先 03―3598−0444
同事務局長 弁護士 髙 田 一 宏
弁護士 山 川 幸 生
司法書士 後 閑 一 博
同事務局次長 司法書士 笠 井 真 悟
司法書士 力 丸 寛
司法書士 藤 木 誉 行
司法書士 福 井 裕 菜
相談員 市 橋 亮
第1 要望の趣旨
- 厚生労働大臣及び東京都知事は、生活保護法第23条第1項及び同条第2項に基づき豊島区に対して、監査及び指示を行うことを求めます。
- 厚生労働大臣及び東京都知事は、直ちに、すべての保護実施機関に対して、この連休を含め夜間休日であっても、生活保護法上の申請があった場合には、憲法第25条、生活保護法第1条ないし第4条の原理に則り、要保護者に対する必要な保護を欠くことがないよう周知徹底してください。
- 豊島区は、令和2年5月2日生活保護法第7条に基づき、生活保護の申請をした要保護者に対して、生活保護法第9条に反し、令和2年5月2日から同月6日まで必要な保護を行おうとしなかったことを反省し、再発防止策を講じてください。
第2 要望の理由
- 事実の経緯
- ホームレス総合相談ネットワーク(以下、「当団体」といいます。)は、2020(令和2)年5月1日、翌日の同年5月2日に東日本旅客鉄道株式会社池袋駅周辺のアウトリーチ活動を行うこととし、同地区を管轄する豊島区保健福祉部生活福祉課(豊島区福祉事務所)に対し、その旨を通知するとともに、生活保護申請があった場合には、厚生労働省・東京都の通知等に従い、閉庁中であっても生活保護申請を受け付け、申請者の当面の生活費・ビジネスホテルの宿泊費についてその場で速やかに交付できるよう、予め準備をお願いすること及びくれぐれも、閉庁中であることを理由に、申請者を追い返すことのないよう、休日・夜間窓口の職員への情報共有を徹底する旨の事務連絡をファクシミリ文書にて行いました。
- 当団体は、本年5月2日、東日本旅客鉄道株式会社池袋駅周辺のアウトリーチを実施し、午後2時頃、本件申請者と出会いました。本件申請者は、失職中で、同日までの約1ヶ月間、東日本旅客鉄道株式会社池袋駅構内と構外を行き来する生活を余儀なくされており、所持金はわずか130円でした。
- 当団体は、本件申請者からの生活保護を利用したい旨の申し出を受け、福祉事務所へ提出するための生活保護申請書への記入を済ませ、同日14時40分頃、本件申請者に同行する形で生活保護を担当する豊島区保健福祉部生活福祉課(豊島区役所東池袋分庁舎)を訪れました。
- 本件申請者は、自らの生活保護申請書を豊島区役所東池袋分庁舎の一階受付窓口に提出しました。そうすると、窓口の警備員はいったん書類を受領したものの、生活保護申請にかかる申請書を受けることのできる権限がないという趣旨の理由を述べ、本件申請者の提出した生活保護申請書の受領を拒絶しました。当団体としては、生活保護申請にかかる申請書を豊島区が受理しないことについて抗議したところ、担当した警備員は豊島区の総務課の指示を仰ぐ旨を回答しました。
- ところが、担当した総務課は、本日は閉庁しており生活保護の申請を受けることはできない、連休明けの対応になる旨の対応に終始しました。当団体は、厚生労働省・社会・援護局保護課及び東京都福祉保健局生活福祉部保護課保護担当に架電したところ、それぞれ他部署の係員に対応いただき、同日15時50分頃、東京都から当団体に対し、「さきほど豊島区総務課に対して同区保健福祉部生活福祉課相談係係長(以下、「相談係長」といいます。)へ連絡し、至急対応するようにとの指示を出しました」との回答を得ました。
- そして、同日15時55分頃、相談係長から当団体の事務局長である髙田に対し、豊島区役所本庁舎の夜間・休日窓口にて本件申請者の生活保護申請を受け付ける旨の連絡がありました。そのため、本件申請者及び当団体の相談員らは豊島区役所本庁舎へ移動し、同日16時12分、豊島区役所本庁舎の夜間・休日窓口に生活保護申請書を提出しました。
- ところが、豊島区役所本庁舎で対応した豊島区総務課の係員2名は本件申請者の提出した生活保護申請書について「豊島区として預かる」との対応に終始し、本件申請者に対して必要な保護を実施しない旨を述べました。当団体の相談員らは、本件申請者に対する生活保護の実施責任が豊島区に発生していること等を根拠に豊島区総務課の対応に抗議しました。当団体から抗議を受けた総務課の職員らは再度前記相談係長への指示を仰いだようですが、相談係長は当初、「申請書は預かるが、豊島区としてこれ以上の対応はできない」旨の回答を総務課の職員を介して伝えるのみでした。これに対し、当団体の相談員らが再考を促した結果、同日16時45分頃、相談係長から高田に対して再度架電がありましたが、内容としては変わらず、保護申請書を受け取るが、それ以上の対応はできないというものでした。同日17時30分頃には、生活福祉課長からも電話がありましたが、相談係長と同様の対応に終始するものであり、具体的には、現時点で豊島区として対応できる支援は夜間・休日窓口に備蓄したクラッカーを給付するのみであり、たとえ所持金が130円であったとしても、どこに宿泊するのかも含めて教示・対応することはせず、本件申請者自身で考えていただくしかない旨を述べました。なお、相談係長と生活福祉課長のいずれの回答も、本件相談者と面談をすることなくなされたものです。
- その後、18時30分頃、生活福祉課長から髙田に対し、生活福祉課長と相談係長を含む係長2名が豊島区役所本庁舎に来庁するとの電話あり、19時25分頃、生活福祉課長及び係長2名が豊島区役所本庁舎に到達し、同課の保護を担当する係長(以下、便宜的に「保護係長」という。)による本件申請者の面談が実施されることになりました。相談を実施するにあたり、相談係長が本件相談者の検温を複数回実施したところ、いずれも37度前後を記録したため、本件申請者の希望もあり、同日20時00分頃、本件申請者に対し、福祉事務所が開庁する本年5月7日の朝までの間、豊島区内のビジネスホテルに宿泊する支援が決定されました。合わせて、5月7日までの間の必要な生活費についても支給されることが決定しました。
- 保護係長が本件申請者をビジネスホテルに案内するため退庁し、その後当団体と生活福祉課長、相談係長との間で今後の運用について協議の場が持たれましたが、豊島区としては今回の対応は例外的な対応であり、常に今回のような対応を取ることは難しい旨を述べるとともに、あと4日を残す大型連休中の対応についても現時点では明言できず、検討させてほしいという回答に終始したため、その場は解散となりました。
- 情勢
(1) 国は、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあり、かつ、全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある事態が発生したと認め、2020(令和2)年年4月7日新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24 年法律第 31 号)第32条第1項の規定に基づき、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を発しました。これを受け東京都は、生活の維持に必要な場合を除き、原則として外出しないこと、施設の使用停止及び催物の開催の停止することなどを骨子とする要請を行うなどの措置を講じました。
(2) 緊急事態宣言に伴う、国民に対する行動制限、催事及び事業の営業等の停止の要請により、経済は悪化し、当団体らも参加する「コロナ災害いのちとくらしを守るなんでも電話相談会実行委員会」が、本年4月18日、19日に実施した電話相談会には、「外出自粛・休業要請で仕事と収入が途絶え、今月又は来月の家賃(自宅・店舗)やローン(住宅・事業)が支払えない。生活費も底をつく」という“崖っぷち”の切迫した相談が5009件寄せられるなど、深刻さを極めています。
(3) 当団体らの要望もあり、国は、本年3月10日付「新型コロナウイルス感染防止等に関連した生活保護業務及び生活困窮者自立支援制度における留意点」、本年4月7日付「新型コロナウイルス感染症等のため生活保護業務における対応について」などの事務連絡を発し「必要な方には確実に保護を実施する」ことを明確に要請しています。とりわけ、本年3月10日付事務連絡では、適切な保護の実施という項目が掲示され、「面接時の適切な対応としては、相談者の状況を把握した上で、他法他施策の活用等についての適切な助言とともに、生活保護制度の仕組みについて十分な説明を行い、 保護申請の意思を確認されたい。また、申請の意思が確認された方に対しては、速やかに保護申請書を交付するとともに申請手続きの助言を行う必要があることから、保護の申請書類が整っていないことをもって申請を受け付けない等、法律上認められた保護の申請権が侵害されないことはもとより、侵害していると疑われるような行為も厳に慎むべきであることに留意願いたい」とし、また、「速やかな保護決定」との項目においては、「生活に困窮する方が、所持金がなく、日々の食費や求職のための交通費等も欠く場合には、申請後も日々の食費等に事欠く状態が放置されることのないようにする必要がある。そのため、生活福祉資金貸付制度(緊急小口資金)等の活用について積極的に支援し、保護の決定に当たっては、申請者の窮状にかんがみて、可能な限り速やかに行うよう努めること」と周知されています。
(4) また、悪化する経済を背景として、居所を失った方、生活に困窮した方への対応が至急必要となることがあるとして、連休中における保護について、国は4月27日付「本年の大型連休における生活困窮者支援等に関する協力依頼について」を発し、連休中の相談体制の確保について、通知を発しています。すなわち、当該通知は実施主体に対し、「こうした状況の中、本年5月2日から6日までの5連休において、今般の新型コロ ナウイルスの影響により、居所を失った又は居所を失うおそれのある方、その他の生活に困窮した方への対応が至急必要となることがあると考えられます。また、住居確保給付金の支給対象の拡大等に伴い、それらの相談への対応も求められるところてす。 このため、必要な相談体制か適切に確保てきるよう、特に相談か多く見込まれる自立相談支援機関の窓口や福祉事務所等の臨時的な開所、電話等による相談体制の確保、その他の地域における連絡体制の確保など、連休中の相談体制の確保について、管内自治体や委託事業者等の関係機関と連携し、地域の実情に応じて対応いただくよう、 お願いいたします」旨を要請しています。
(5) 東京都福祉保健局生活福祉部保護課長は、各福祉事務所長あての令和2年4月10日付け事務連絡「新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言に係る対応について」(宿泊場所の確保について)のなかで、「緊急事態宣言に係る施設の利用制限によりインターネットカフェ等の利用ができなくなった住居喪失者から貴福祉事務所が相談を受け、生活困窮者自立支援法主管部署と調整の上、保護の適用が必要と判断する場合は、以下の手順で進める(休日及び夜間の閉庁時に緊急一時宿泊場所の利用が必要となった場合も同様)。」としています。これは、休日・夜間の閉庁時であっても、要保護者について、宿泊場所を確保する対応をしなければならないことを明確にしたものです。
- 豊島区の違法・不当な対応について
(1)生活保護法は、1条ないし4条において、その原理を定め、憲法25条に基づき、国に必要な保護を行うことを義務づけています。また、法第19条により保護の決定及び実施は、実施機関が行わなければならないとされていますところ、本件申請者の申請は豊島区に対してなされており、保護の実施機関は、豊島区であって、実施責任が生じることになります。この点について、国は、前記本年3月10日付事務連絡において、相談者の状況を把握し、生活に困窮する方が、所持金がなく、日々の食費や求職のための交通費等も欠く場合には、申請後も日々の食費等に事欠く状態が放置されることのないようにする必要がある旨を周知していますところ、この理は保護の実施機関が閉庁中であることをもって失われるものではなく、ましてや保護の実施機関が閉庁中であることをもってその対応がおざなりになることが許容されたり、実施責任が免責されるものではありません。現に、国は実施主体等に対し、本年4月27日付事務連絡をもって「必要な相談体制が適切に確保できるよう、特に相談が多く見込まれる自立相談支援機関の窓口や福祉事務所等の臨時的な開所、電話等による相談体制の確保、その他の地域における連絡体制の確保など、連休中の相談体制の確保」を周知・要請していました。
(2) ところが、豊島区は、その根拠及び理由を示すことなく、また本件申請者の急迫性について何らの調査をすることなく、本年5月7日まで保護しないことを組織として決定したと本件申請者に伝え、現時点での必要な保護はクラッカーの支給のみであると説明するなど、約5時間もの間、必要な保護の実施責任を放棄しました。
(3) また、豊島区福祉事務所(豊島区役所東池袋分庁舎)には、豊島区の委託を受けた警備会社の警備員しか常駐せず、当該警備員らに対し、大型連休中における生活保護の申請窓口が本庁舎にあることを始めとする生活保護申請があった場合における対応指針等を全く伝えず、事実上本件申請者の申請権を侵害しました。
(4) 生活保護の申請は、夜間・休日であっても受理されなければならないことは当然ですが、保護の実施責任を負う実施主体としては、申請を受理した場合には、あわせて必要な調査をその場で行うとともに、状況に応じて必要な保護を直ちに行わなければ法の目的を達成することなどできません。現に、本件では生活福祉課長及び係長2名計3名が来庁し、来庁後は速やかに豊島区内のビジネスホテルを確保でき、また生活費の交付も実現したのでありますから、上記の措置が本件申請者にとって当面必要な保護であったことは明白です。生活福祉課長らは、今回の対応が例外的な対応であるかのような回答を当団体に対して行いましたが、どの申請者が申請に訪れても必要な保護は直ちに講じられるべきであり、少なくとも保護申請を受け付ける場所を教示することや当該受付場所において必要な保護を行える担当者を常駐させたり、常駐が難しければ電話等で随時必要な対応ができるよう体制を整えておくことは可能だったはずであり、これらの対応をしなかった豊島区の対応は明らかに不適切な対応と言わざるを得ません。
- まとめ
豊島区は、緊急事態宣言発令下において、国や都の通知を無視し、必要な準備を怠り、また、当団体からの法律や通知の内容についての詳細な説明を聞いても、なお保護の決定は実施機関にあるとうそぶき、6日の間なんらの保護も行わないことを組織としての決定であると説明したのであり、豊島区の行為はきわめて悪質性がが高いと断じざるを得ません。
また、本件により、連休中の保護の相談体制が確保されていないことが露呈したのであるから、国は直ちにすべての保護の実施機関に、必要な保護を欠くことにならないよう措置を講じることを徹底してください。
以上