台東区避難所におけるホームレス排除について
台東区がホームレス状態にあった男性を避難所への避難させなかったことは、重大な人権侵犯にあたるので、これを救済するように求める人権侵犯救済申告を法務局人権擁護部に対して提出しました。
また、同旨の内容の人権救済申立を第二東京弁護士会人権擁護委員宛に提出しました。
人権侵犯救済申告書
2019(令和1)年10月24日
東京法務局人権擁護部 御中
〒**************(住所)
〒**************(居所)
申告人 ****(昭和**年**月**日生)
〒171-0014 東京都豊島区池袋2丁目55-13合田ビル2階
池袋市民法律事務所
申告人代理人 弁護士 髙 田 一 宏
〒115―0045 東京都北区赤羽2-62-3
マザーシップ司法書士法人(連絡先・送達場所)
同代理人司法書士 後 閑 一 博
TEL 03-3598-0444/FAX 03-3598-0045
〒110−8615 東京都台東区東上野4丁目5番6号
被申告人 台東区
上記代表者区長 服部征夫
第1 申告の趣旨
被申告人台東区が、令和元年10月12日、台風19号の風雨の中、同区内の避難所である忍岡小学校に避難に訪れた申告人に対し、台東区に住民登録がないことを理由として、避難をさせずに追い返したことは、申告人の生命、身体を侵害する人権侵害行為であると認め、被申告人に対し、説示・勧告を行うなど適切な措置を講じること
を求める。
第2 申告の理由
1 はじめに
令和元年台風19号(アジア名ハギビス)は、2019(令和1)年10月12日19時頃に強い勢力を保ったまま静岡県伊豆半島に上陸し、その後首都圏を通過した。記録的な大雨となり、静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県、茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県に特別大雨警報が発令され、同年10月18日午前11時56分の時点で全国で78人が亡くなり、9人が行方不明となる甚大な被害をもたらした。本申立は、この歴史的未曾有の大災害に関連する人権侵害の事案である。
2 事実経過
(1)申告人の経歴について
申告人は60歳代の男性である。本年9月8日頃までは、住所地で生活していたが、約4年前頃に脳梗塞を発症し、その後遺症として、記憶障害、構音障害を自覚するも住所地の医療機関では十分な治療が受けられないと考え、医療機関が充実する東京にやってきた。しかし、どうすれば医療が受けられるかわからないままおよそ一ヶ月が経過し、主に、上野公園にある******の裏手で寝泊まりすることを続けていた。
(2)本年10月11日の出来事
そのような中、本年10月11日午後7時30分頃、申告人は、申立代理人らの訪問を受けた。申立代理人らは、申告人から事情を聞き取ったうえ、「治療が必要なのであれば、生活保護を受給し、医療を受けるべきだと」アドバイスをしたうえ、至急保護を開始すべきとする意見書(疎明資料1)を申告人に交付した。
また、台風19号がこれまでにないほど危険な状態で上陸する可能性が高いこと、この近辺では「忍岡小学校」(以下、「本件小学校」という。)が避難所となっていること、及び本件小学校はすでに自主避難を受け入れていること、の説明を受け、避難を促された。
なお、申立代理人らは、同日7時過ぎ頃、台東区役所の夜間窓口を訪れ、解放している避難所について問い合わせを行い、本件小学校を含む4箇所の避難所がすでに自主避難を受け入れていることの教示を受けた。また、申立代理人髙田は、同日8時30分頃、上野駅周辺において申告人とは別の方からの相談を受けた際、本件小学校に架電し、ホームレスの方の自主避難について受け入れてもらえるかどうかの問い合わせを行った。
この問い合わせに対応したのは、本件小学校の教員ないし職員と思われる女性だったが、一応地区制になっている旨を述べたものの、「住所がない方ですもんね」と回答し、本件小学校に避難して来てもらって結構ですという旨の回答を申立代理人に対して行っていた。
(3)本年10月12日の出来事
申告人は、10月12日午前9時頃、本件小学校を訪れた。そうすると、管理者と名乗る人物から避難者カードを示され、住所を書くように指示を受けた。これに対して、申告人は当該管理者と名乗る人物に対し、自身の住所は***にあることを伝えたところ、当該管理者と名乗る人物は「都民以外はだめです。」と、即時に回答して申告人の避難を拒絶し、申告人は本件小学校からの退去を余儀なくされた。
申告人は、やむなく10月12日は、できる限り風雨がよけられる場所を転々とし、夜は、******に2つのビニール傘を立てて、身を縮めて過ごした。
(4)台風通過後の出来事及び被申告人の対応
その後、申告人は、10月13日、同月14日を同様に******で過ごし、10月15日午前9時30分頃、台東区福祉事務所に生活保護の申請を行った。
しかし、体調が悪化し、声がでない状態となっていたことから、台東区福祉事務所が手配した緊急車両により、三井記念病院に搬送され、脳梗塞の疑いと診断され、構音障害を伴っていたことから緊急入院しとなった(疎明資料2)。
申告人の治療は現在も継続している。
なお、被申告人は、同月12日午後1時00頃、申立外「一般社団法人あじいる」に対し、本件小学校にいた区の職員からは「住所のない人は利用させないように命令を受けている。」と説明を行ったほか、同団体が災害対策本部に問い合わせると「台東区として、ホームレスの避難所利用は断るという決定がなされている」と説明を行った(疎明資料3)。
また、申立代理人後閑は、同月12日午後8時20分頃、被申告人の災害対策本部へ電話照会を行ったところ、「区民の方を優先して避難所を提供している。」「ホームレス状態の方が何人かいらしたがその旨説明したところ自主的に帰っていった。」「条例上の根拠は不明であるが、地域防災計画を根拠としており、これからも同様の説明をする予定である。」と回答している。
さらに、朝日新聞社の取材に対しては、「住所不定者をどうするかとの観点が抜けていた」「反省点とし、今後、住所不定者をどう援助できるかを検討する」と、回答したと報道されている(疎明資料4)。
3 わずかな時間に少数の者の恣意的判断で排除されていること
本件人権侵犯は、10月11日午後8時30分頃から翌12日午前9時00分頃までの間に、わずかな職員の恣意的な判断により行われた可能性が高い。
すなわち、先にも述べたとおり、申告代理人らは、10月11日午後7時過ぎ頃、被申告人の夜間窓口を訪れ、同災害対策本部に対し、避難所マップの交付を求めており、その際、ホームレス状態の人に避難の案内を行いたいと伝えている。そして、災害対策本部は、防災マップを持参し、忍岡小学校、谷中小学校、馬道区民会館、台東一丁目区民館の4か所が避難勧告等発令前の自主避難の受け入れ避難所であることを説明した。
また、同日午後8時30分頃、申立代理人髙田が本件小学校に架電したところ、本件小学校で対応した女性職員は、ホームレスの方であっても避難していただいて構わない旨の回答を行っている。しかるに、申告人が、翌朝本件小学校に避難を申し出た段階においては、担当した職員から、「住所が***は無理です」「都民以外はだめです」と即座に受け入れ拒否がなされている。
4 被申告人の人権侵犯該当性について
被申告人が、台風直撃のなか避難所に避難させなかったことが、重大な人権侵犯であることは、適用法令をあげるまでもなく明白であるが、上記のとおり、わずかな時間経過のなか少数の者の恣意的な判断で行われた差別であり、以下のとおり、法令違反も認められる。
(1)被申告人には保護義務があったこと
災害対策基本法(以下「基本法」)は、「人の生命及び身体を最も優先して保護すること」を基本理念としている(基本法2条の2第1項第4号)。また、市町村には、この基本理念にのっとり防災計画を作成し、実施する法的な義務がある(基本法5条)。
被申告人が、住民登録を基礎とする避難所の受け入れ体制について、申告人代理人らに説明した根拠は、この基本法に基づき、被申告人が作成した地域防災計画(以下「防災計画」)であると考えられる。
確かに、防災計画に、避難者名簿の記録が謳われているが、避難者名簿の記載した住所が区外にある場合、避難をさせないという明記はない。
それどころか、基本理念として、「区民や台東区に集う多くの人々の生命及び財産を守る」と謳い、避難所についても「東日本大震災の教訓から、遠隔地の被災者の受け入れを検討する必要がある。」と、住民登録を基礎としない避難者の受け入れを前提としており、防災計画を根拠とする受け入れ拒否は理由がない。
そもそも災害法規の基本的な法律である災害救助法は、「当該市・区の内において、当該災害により被害を受け、現に救助必要とされる者に対して、これを行う」(災害救助法第2条)としており、避難所についても「災害により現に災害を受け、又は受けるおそれがある者に供与する」(災害救助法の救助の程度、方法及び期間並びに実費弁償の基準第2条第1号イ )と、住民登録を条件としていない。
これら法令を踏まえ、国が策定した「災害救助の実務」は、明確に、避難所の供与の対象となる者として、「速やかに避難しなければならないときは、これらの者も等しく対象としなければならない。
例えば、旅館、ホテル等の宿泊者、一般家庭の来訪者あるいは通行人等で災害に直面し、応急にいるところがない者」と、住民登録がない者に対しても「避難所に受け入れなければならない」と明確に受入の義務を課している(災害救助の実務と運用-平成26年版-「災害救助実務研究会編著・第一法規」295頁)。
(2)ホームレスである故に排除されたという点につき看過できない違憲違法があること
被申告人は、上記保護義務があるにもかかわらず、住民登録がないことを理由に申告人の避難所の受け入れを拒否したが、実態は、ホームレスに対する偏見を基礎とする差別としての排除と言わざるを得ない。
すなわち、被申告人代表者区長は、10月15日、被申告人のホームページに「避難所での『路上生活者』の方に対する対応が不十分であり、避難できなかった方がおられた事につきましては、大変申し訳ありませんでした。」とコメントを発表している。
しかし、災害関係法においても地域防災計画においても、「人」「国民」「区民」などの使い分けはあるが、「路上生活者」という言葉は使われておらず、定義もされていない。人であるか否か、国民であるか否か、区民であるか否か、以外の判断基準を予定していないにもかかわらず、被申告人代表者区長のコメントは、路上生活者あるいはホームレスを、その状態や生活様式だけで区別し、結果的にも排除したことの自白以外のなにものでもない。
また、被申告人は、朝日新聞の取材に対し、「反省点とし、今後、住所不定者をどう援助できるかを検討する」と回答しているところ、被申告人地域防災計画は、平成28年に修正されておりその時点において「東日本大震災の教訓から、遠隔地の被災者の受け入れを検討する必要がある。」と検討課題とされていたことからすれば、この今後の検討は、路上生活者あるいはホームレスを対象とした検討に他ならず、その状態や経済状態に着目をし、新たな差別を検討すると応答しているようなもので到底許容できるものではない。
被申告人のこれまでの対応も、今後検討しようとしている対応も、社会的身分、門地、経済状況等により、差別し、差別しようとするものに他ならず、憲法14条に反し、違憲違法な人権侵犯行為である。
第3 結語
よって、速やかに、被申告人に対し、申告の趣旨記載の説示・勧告がなされるべきであり、重大な人権侵害であることを鑑み、再びこのような人権侵害が繰り返さないために、関係者に対し人権尊重の理念に対する理解を深めるための啓発を行うよう求める。
以 上
疎明資料1 令和1年10月11日付司法書士後閑作成による「意見書」
疎明資料2 病院「入院計画書」「診療情報提供所」
疎明資料3 令和1年10月21日付・一般社団法人あじいる外「要望書」
疎明資料4 2019年10月13日朝日新聞記事
「台東区の自主避難所、ホームレス男性の避難断る」