生活困窮者自立支援法案に反対し廃案を求める意見書
生活困窮者自立支援法案に反対し廃案を求める意見書
2013(平成25)年6月3日
ホームレス総合相談ネットワーク
代表(弁護士) 森 川 文 人
事務局長代行
後 閑 一 博
〒115-004
東京都北区赤羽 2-62-3
電 話 03-3598-0444
FAX 03-3598-0445
私たちホームレス総合相談ネットワークは、主として東京都内においてホームレス状態にある人々をはじめとする生活困窮者に対する法的支援活動を行っている団体です。
2013年5月16日に生活困窮者自立支援法案(以下「自立支援法案」といいます。)とともに閣議決定された生活保護法改正案については、すでに同月23日、憲法25条に照らして重大な問題があることから廃案を求める意見を表明し、さらに同年6月3日、4党合意によって修正された生活保護法改正法案についても廃案を求める意見を表明しましたが、自立支援法案についても下記のとおり意見を表明いたします。
第1 意見の趣旨
生活困窮者自立支援法案は、すみやかに廃案すべきです。
第2 意見の理由
1 自立支援法案の概要
自立支援法案は、①生活困窮者自立相談支援事業、②生活困窮者住居確保給付金の支給、③生活困窮者就労準備支援事業、④生活困窮者一時生活支援事業、⑤生活困窮者家計相談支援事業、⑥生活困窮者である子どもに対し学習の援助を行う事業、⑦その他生活困窮者の自立の促進を図るために必要な事業と称する7つの事業について定めています。
2 新たな「水際作戦」に悪用されるおそれが高い
自立支援法案に定められた7つの事業のうち、①及び②については必須事業(地方自治体に実施が義務づけられているもの)とされていますが、③ないし⑦については任意事業(地方自治体に実施が義務づけられていないもの)となっています。さらに国の負担又は補助は、①及び②について4分の3、③及び④について3分の2、⑤ないし⑦について2分の1です。
そのため、財政力の弱い地方自治体では、①及び②の必須事業のみが実施され、任意事業が実施されない可能性が高くなり、②についても従前の住宅手当(平成25年度から住宅支援給付)の10分の10の国庫負担が4分の3とされることから出し渋りが懸念されます。なお、事業の効果があるという評価をしながら、平成25年度に住宅手当緊急特別措置事業から住宅支援給付事業に変更になって支給対象、支給期間も制限されるようになりました。
実際に社会保障審議会生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会(以下「特別部会」と言います)においても、③以下の任意事業が多数の地方自治体でなされている旨の報告は全くなく、それらの事業に対して補助金を給付する根拠を提供するものでもありません。
特別部会議事録において、いわゆる福祉事務所の窓口で違法に生活保護申請をさせない「水際作戦」が行われないようにするための方策が十分に議論されているとはいえず、特別部会報告書においても生活困窮者の最低限度の生活を保障し自立を助長すべき生活保護へのアクセスを高める「水際作戦」防止策に関する記述がありません。むしろ「生活保護受給に至る前の層への支援を強化する」ことを支援のあり方として記述しており、実体的施策が不足している状況では「水際作戦」を強化する方向を打ち出していると言わざるを得ません。それに加えて、今回、生活保護申請行為自体を抑制する生活保護法改正案とともに国会に提出されていることからすれば、支援法案の立場はますます明らかとなっています。
また、自立支援法案の支援の対象者とされる「生活困窮者」は、「現に生活に困窮し、最低限度の生活ができなくなるおそれのある者」とされているのみで、それより詳細な定義規定はなく、厚生労働省令にも委ねられていません。任意事業とされている事業が、要保護者(生活保護法6条2項)を対象とすることはこれまでのモデル事業の経過から明らかですから、要保護者が保護申請のために福祉事務所を来訪した場合に、①及び②に違法に誘導する可能性が高いものと思料します。
3
自立相談支援事業から生活保護申請への助言はなされない
②を除く事業はいずれも「厚生労働省令に定める者に委託することができる」ものとされており、現実に①(自立相談支援事業)が委託事業とされる可能性は高いものと考えられます。
しかし、①における事業内容に、生活保護を必要とする要保護者に対して生活保護申請の助言や申請の援助を行うことが、支援法においては明らかになっていません。
そのため、①の受託団体は、要保護者から相談を受けて生活保護について助言や援助をしようとしても、委託した地方自治体が受託団体の業務範囲の外であると主張して強い立場を利用して生活保護についての助言や援助を事実上禁ずることは十分考えられます。現に地方自治体が委託しているホームレス支援事業において、受託者が要保護者に対して生活保護の助言も申請援助も行わず、ホームレス状態のままとどめている事例も多数確認しています。その自治体ではホームレス状態の者についてホームレス支援事業につなぎ生活保護の申請をさせないということが運用として行われていました。
このままいけば、①が実施されることにより福祉事務所への生活保護申請について受託団体にその防波堤の役割を果たさせることとなります。そして、その最も大きな被害を受けるのがホームレス状態の方々であることは火を見るより明らかです。
4
ホームレス状態の者は施設入所を強要される
上記の結果から、生活保護申請を妨害されたホームレス状態にある者は、再び路上に放り出されることとなります。
仮に④(生活困窮者一時生活支援事業)がその自治体で行われている場合には、受託団体は稼働率を上げる必要がありますから、①の受託団体が、④の受託団体と同一であれば通常のこととして、そうでなければ連携して、ホームレス状態の者に対して施設入所以外の選択肢を明らかにしないで、施設入所を助言指導していくこととなります。入所期間については「厚生労働省令で定める期間」とされており、この期間が長期化すればするほど、官製の「貧困ビジネス」の様相を呈してきます。
相談者の意向や専門的知見に基づく適性の把握(このためには専門家の配置が必要となりますが、その点も自立支援法案では不明です。)を全く無視して事業が優先されることとなります。
5
まとめ
「自立」のみを強調し、「健康で文化的な最低限度の生活」に全く言及していない自立支援法案は、同法案の中で定義すべき「自立」概念を明らかにせず、①(生活困窮者自立相談支援事業)においても要保護者に対する生活保護申請の助言や援助を規定せず、さらに委託事業として実施されることから、当団体の経験においても新たな水際作戦のツールとして利用される蓋然性が高いものです。
また、生活保護基準引下げ及び生活保護法改正法案とセットになされ、まさに「要保護者」から金を絞りとったうえで、その金で「要保護者」の「健康で文化的な最低限度の生活」を奪おうとするものです。
よって、憲法25条1項が保障する生存権を奪う違憲な法案立法であると言わざるを得ず、法律家として断じて認めるわけにはいきません。自立支援案が、速やかに廃案とされることを求めます。
以上