生活保護法改正案に反対し廃案を求める意見書
生活保護法改正案に反対し廃案を求める意見書
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2013年5月23日
ホームレス総合相談ネットワーク 代表(弁護士) 森 川 文 人
1 ホームレス総合相談ネットワークとは[A1] 私たちホームレス総合相談ネットワークは、主として東京都内においてホームレス状態にある人々をはじめとする生活困窮者に対する法的支援活動を行っている団体です。
2013年5月16日閣議決定された生活保護法改正案は、憲法25条に照らして重大な問題があることから以下のとおり意見させていただきます。
2 申請手続を要式行為とする改正案の概要
改正法案24条1項は、生活保護の申請にあたり、これまで口頭で申請の意思が示さ れれば、申請行為としては足りるとされていた実務運用(大阪高裁平成13年10月19日判決(訟月49巻4号1280号〔上告棄却・確定〕)を改め、申請書の提出を申請者に対して義務付けています。そして、当該申請書には、「要保護者の氏名及び住所」等だけでなく「要保護者の資産及び収入の状況(生業若しくは就労又は求職活動の状況、扶養義務者の扶養の状況及び他の法律に定める扶助の状況を含む)」のほか「厚生労働省令で定める事項」を記載した申請書を提出してしなければならないとし、同条2項は、申請書には要否判定に必要な「厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」としています。
3 改正案がもたらす事態
しかし、生活保護申請にあたって生活に困窮して福祉事務所を訪れた申請者に対して、複数の申請書の提出に加えて多岐にわたる書類の添付を義務付けることは、申請者の申請意思を抑圧・萎縮させることに直結します。本件改正は、生活保護の申請に不当な障壁を設けることにつながり、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障する憲法25条に違反すると言わざるを得ません。
とりわけ、ホームレス状態の方々は、憲法上の権利として生活保護が受給できることをそもそも知らず、また、長期間の路上生活により心身共に疲弊しているなど、自ら生活保護を申請することが能力的にも困難な方が少なくありません。文字を読み書きする能力も無い方も大勢います。精神等の疾患を抱えて、書類の意味さえ理解できない方も決して珍しくありません。
ホームレス状態の方々は、全員住所をもたないため、郵送物を受け取ることができません。つまり、彼らが生活保護の申請をしようとした場合には、食事にも事欠くような絶対的貧困の状態にあり、電車賃すらないにもかかわらず、申請に必要な添付書類を集めるために、遠隔地にある複数の作成機関の窓口に、直接本人が行って、書類の交付を求めざるを得ないのです。なお、住所を持たないということは、ホームレス状態にある方々は、有効な身分証明書を持たないことも意味します。このような状態で、仮に本人が窓口までたどり着いたとしても、身分証明をもたない本人に対して、個人情報を多く含む必要書面の交付がなされうるのか、極めて疑わしいものです。
そのような方々に「申請書」の提出と複数の書類の添付を義務付けることは、不可能を強いるに等しい事態です。
上記法改正は、生活保護の申請を不可能にするという現実の効果をもたらすことは必至です。また、現実の生活保護行政をみても、福祉事務所の窓口で生活困窮者を追い返す「水際作戦」と称される違法な申請不受理、申請書不交付の事例が社会問題化しています。
このようなホームレス状態にある方々、その他の生活困窮者の置かれた状況、現実の福祉事務所における対応の実態を踏まえれば、今回の改正案によって申請書の提出、書類の添付を申請者に対して義務付けることにより、生活に困窮した人の生活保護申請を現在より一層困難にすることは明らかです。また、福祉事務所職員による違法な申請不受理、申請書不交付などの「水際作戦」にお墨付きを与えるものとなってしまいかねません。
4 改正案は、憲法25条1項に違反します
そもそも、生活保護制度は、憲法25条1項に基づき、全ての生活困窮者に対して健康で文化的な最低限度の生活を保障するための制度です。 生活保護申請行為に申請書、複数[A8] 書類の添付を要求する今回の改正案が申請者に一定の義務を課し負担を負わせるものである以上、法改正にあたっては、改正する必要性、合理性があるのか生活保護行政の実態と憲法25条1項で保障される権利の観点から吟味されなければなりません。今回の改正案は、不正受給対策のためと言われていますが、立法目的との関連も明確ではありません。
実際の生活保護制度をめぐる現状を踏まえれば、そもそも改正の必要性は存在せず、むしろ改正によって生活に困窮した人がより一層生活保護を申請しづらくなるという具体的弊害が予想されている以上、改正の合理的理由はまったく認められず、憲法25条1項に違反すると考えます。
5 廃案を求めます
私達は、ホームレス状態にある方々の法的支援を行い、福祉事務所において生活保護申請の支援を行う者として、今回の改正案によって、福祉事務所の現場でおこる苛酷な事態を容易に想像することができ恐怖すら感じています。 今回の改正案は、憲法25条1項が保障する生存権を奪う違憲な法案立法であると言わざるを得ず、法律家として断じて認めるわけにはいきません。改正案が、速やかに廃案とされることを求めます。 以上